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岐阜地方裁判所 昭和29年(ワ)191号 判決

原告 林紡績株式会社

被告 株式会社大幸商店 外一名

主文

原告の被告株式会社大幸商店に対する請求を棄却する。

原告の被告足立松太郎に対する請求を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一  原告訴訟代理人は(一)被告株式会社大幸商店(以下、単に、被告会社という。)は、原告に対し別紙第一目録記載の土地(以下、単に、本件土地という。)につき、債権限度額金百二十万円なる根抵当権設定登記手続をせよ。(二)右請求が理由がないときは、被告足立松太郎は、原告に対し金百二十万円の支払をせよ。(三)訴訟費用は、被告等の負担とするとの判決を求め

二  被告等訴訟代理人は原告の請求は之を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

(原告の主張)

一(一)  被告会社は、昭和二十八年五月二十日訴外鈴木商事株式会社(以下、単に、鈴木商事という。)から、スフ糸を買い受けるに際し、鈴木商事との間に、その代金支払を担保するため、本件土地につき鈴木商事のため、債権極度額を金百二十万円とする根抵当権設定契約を締結したが、同月末日頃鈴木商事がその取扱品目を従来のスフ糸から梳毛竝びに日本羊毛糸に変更したので、被告会社は、爾後右品目の糸を買い受けることとなり、その頃、当事者間において、右根抵当権の被担保債権を梳毛及び日本羊毛糸の売掛代金債権に変更する旨の合意が成立した。しかして、鈴木商事は、右約定に基き、被告会社に対し別紙第二目録記載のとおり、昭和二十九年一月十四日から同年三月十日に至るまでの間八回に亘り、梳毛糸、日本羊毛糸及び東繊紡毛糸等を代金合計三百四十四万千五百二十五円で売り渡し。(同月八日、金六万三千七十五円入金)、同月十日現在合計金三百三十七万八千四百五十円の売掛代金債権を有するに至つた。

(二)  ところで、原告は、昭和二十九年三月十八日前記鈴木商事から、同人の被告会社に対して有する前記売掛代金債権の内金百二十万円を前記根抵当権とともに譲渡を受け、譲渡人鈴木商事は、被告会社に対し、同年五月二十五日附内容証明郵便を以てその旨の通知をなし、右は、同日頃被告会社に到達した。

(三)  よつて、原告は、被告会社に対し、右譲渡を受けた根抵当権に基き、その設定登記手続を求めるものである。

二  かりに、原告の被告会社に対する前記根抵当権の設定登記手続の請求が理由のないときは、原告は、予備的に、被告足立に対して、不法行為による損害賠償として金百二十万円の支払を求めるものである。すなわち

(一) 鈴木商事が被告会社との間に本件根抵当権設定契約を締結した後、本件土地は、訴外足立金太郎の所有に係り、被告会社の所有するところではない事実が判明したが、右設定契約は、被告足立が被告会社の代表者として、鈴木商事との間にこれを締結したものであるところ、被告足立は、当初から、本件土地が被告会社の所有ではないことを熟知しながら、故意に、右事実を秘し、恰も、これが被告会社の所有であるように装い、因つて鈴木商事をして、本件土地が被告会社の所有であるものと誤信させて、本件根抵当権設定契約を締結させたものである。従つて、右設定契約は、本来的に、無効のものであり、畢竟鈴木商事は、本件土地につき根抵当権を取得するすべもなかつたものといわねばならない。

(二) しかるところ、鈴木商事は、被告会社との間に締結した前記根抵当権設定契約は有効であるものと誤信したため、被告会社に対し前叙一記載のように梳毛類を売り渡したところ、被告会社は、その代金中三百三十七万八千四百五十円の支払をしない。しかして被告会社の資産状態に徴するとき右残代金の回収は、結局、不能であるものと認めるのほかはないが、右回収不能の残代金中、少くとも、本件根抵当権の極度額である金百二十万円は、本件土地についての根抵当権設定契約が有効であれば、当然、これから優先弁済を受け得ること明白であるから、右の金百二十万円は、鈴木商事において、被告会社との本件根抵当権設定契約が無効であることにより蒙つた損害であるということができる。

(三) そして、原告は、鈴木商事から前叙一記載のように、同人の被告会社に対して有する売掛残代金内金百二十万円の債権譲渡を受けた際、併せて、右損害賠償債権金百二十万円の譲渡を受け、鈴木商事は、被告足立に対し、昭和二十九年五月二十五日到達の内容証明郵便を以て、その旨通知をした。以上の次第であるから、被告足立は、原告に対し、右損害賠償として金百二十万円を支払うべき義務がある。

三  被告会社主張事実中、本件根抵当権設定契約は、鈴木商事一宮出張所長岡田剣一と被告会社との間に締結されたこと及び鈴木商事が営業を停止するに至つたことは、認めるも(但し、右営業停止の日時は、被告会社主張のように昭和二十九年二月末日ではなく、同年三月末日である)、その余の事実は、争う。右岡田は、鈴木商事の代理人として、右契約締結の衝に当つたもので、当時、岡田は、鈴木商事の取締役であり、右契約締結のための代理権を有していたものである。

(被告等の主張)

一  被告会社の主張

(一) 原告主張事実中、被告会社が鈴木商事から、かつて、スフ糸及び梳毛等を買い受けた事実は、認めるが、同人と被告会社との間に、原告主張のような根抵当権設定契約が締結されたとの事実は、否認する。尤も、被告会社は、昭和二十八年五月二十日頃鈴木商事一宮出張所長であつた訴外岡田剣一との間に、スフ糸取引に関し原告主張のような根抵当権設定契約を締結したことはあるが、右岡田は、鈴木商事を代表し、或は、代理して右契約を締結し得べき何らの権限を有しないものであるから、畢竟、右契約は、被告会社と岡田個人との間に締結されたものと解するのほかなく、これを以て、原告の主張するように、鈴木商事と被告会社との間に何らかの根抵当権設定契約が成立したものとは、とうてい、認めがたいところである。

(二) かりに、しからずして、鈴木商事と被告会社との間に原告主張の根抵当権設定契約が成立したとしても、その後、当事者間に、右根抵当権の被担保債権を、梳毛及び日本羊毛等の売掛代金債権に変更する旨の合意が成立した事実は、存しない。従つて、右根抵当権の被担保債権は、スフ糸の取引から発生する債権にのみ限定されているところ、被告会社は、鈴木商事から、契約締結前においてはスフ糸を買い受けていたこと前叙のとおりであるが、右代金は、全額支払済であり、又右契約締結後においては、全く、取引をしないで日を閲しているうちに、鈴木商事は、昭和二十九年二月頃破産状態に陥り、爾来、同人との取引は停止するのやむなきに至つたうえ、被告会社自身も、同年三月十一日解散したので、ここに、当事者間には、もはや、商取引を継続するすべもなくなつた結果本件根抵当権設定契約は、目的不到達の確定により消滅したものといわねばならない。

(三) かりに、しからずとするも、原告は、その主張の日時に、鈴木商事からその主張のような本件根抵当権付債権の譲渡を受けた事実はなく、従つて、原告は、本件根抵当権を取得していない。

(四) かりに、しからずして、原告がその主張のように鈴木商事から債権譲渡を受けているとしても、右債権は、原告の自認するように昭和二十九年一月十四日から同年三月十日までに鈴木商事が被告に売り渡した梳毛糸、日本羊毛糸及び東繊紡毛糸等の代金債権であつて本件根抵当権の被担保債権と定められたスフ糸の取引から生じた債権ではないから、右債権の譲渡によつては、本件根抵当権の移転の効果を生ずるに由なきものであり、従つて、原告は、本件根抵当権を取得すべきいわれはない。

二  被告足立の主張

(一) 原告主張事実中、被告足立が被告会社の代表者であつたこと及び本件土地は、足立金太郎の所有に属することは、認めるが、その余の事実は、争う。

(二) 鈴木商事は、本件根抵当権設定契約を締結した当時、すでに、本件土地は、被告会社の所有ではなくて、右金太郎の所有であることを熟知していたのであるから、もとより、被告足立において鈴木商事を欺罔したものではなく、従つて、これを目して、不法行為とする原告の主張の失当たること論を俣たない。

(三) しかのみならず、本件について、原告主張の根抵当権設定登記手続ができなくとも、これにより、直ちに、原告の被告会社に対して有する売掛代金債権そのものが消滅するいわれはないから、原告は、何ら損害を蒙つたことにはならないから、被告足立においてこれを賠償すべき義務はない。

第三証拠関係

一  原告訴訟代理人は、甲第一号証から第三号証の各一から三(但し、第二号証の一から三は、いずれも写)第四号証から第六号証、第七号証の一から三及び第八号証の一及び二を提出し、証人岡田剣一(第一、二回)、安藤捨及び柴田一義の各証言を援用し

二  被告訴訟代理人は、被告足立本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の二、三、第三号証の一から三、第四号及び第六号証の各成立を認め、その余の甲号各証の成立は、いずれも知らないと述べた。

理由

第一原告の被告会社に対する請求の当否

原告の第一次主張は、被告会社が、訴外足立金太郎所有にかかる本件土地につき、鈴木商事のため設定した根抵当権を、同人から譲渡を受けたとして、被告会社に対しその設定登記手続を求めるものであるが、この主張は、以下述べるところにより、それ自体理由のないものといわねばならない。およそ、抵当権の設定は、抵当権者に対し目的物の処分権を付与すべき処分行為であるから、これをなすには、設定者において、担保の目的物についてこれを処分する権利を有することを要し、或は、これを行使し得る権能を有すべきことは、敢えて、多言を要せずして明白なところである。従つて、目的物について処分権を有しない者が抵当権設定契約を締結した場合は、将来、同人において目的物の処分権を取得すべきことを停止条件として設定契約をした場合を除き、すべて無効であるといわねばならない。いま、これを本件についてみるに、原告主張の本件根抵当権の設定契約締結当時、本件土地は、設定者たる被告会社の所有ではなくして、足立金太郎の所有にかかることは、原告の、暗に、自認するところというべく、かつ、被告会社が、将来、右足立から本件土地の所有権を取得すべき事実の如きは、全く、原告の主張立証しないところであるから、原告の主張する本件根抵当権設定契約は、本件土地につき何らの権限を有しない被告会社において設定した無効の契約と解するのほかはない。(或は、この点に関し、原告の主張するところが、被告会社において、本件根抵当権設定契約を締結するにつき、前記足立を代理する権限を有していたとの点にまで論及しようとするならば、本件登記手続請求訴訟の被告を、右足立としなければならないのである)従つて、鈴木商事は、本件土地につき、原告主張のような根抵当権を有するものではないから、鈴木商事からこれが譲渡を受けたとする原告は、何ら、その主張するような根抵当権を取得するすべもないものといわねばならない。

叙上のとおりであるから、原告の被告会社に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく、明かに、失当として、棄却を免れない。

第二原告の被告足立松太郎に対する予備的請求について

次に、原告は、被告会社に対する前記登記手続の請求が認められないときは、予備的に、被告足立に対して損害賠償の請求に及ぶというのであるが、先ず、かかる予備的請求は、はたして、適法であろうか。以下この点について検討する。いわゆる訴の主観的併合すなわち共同訴訟は、いうまでもなく、一つの訴訟手続に数人の原告もしくは被告が関与している訴訟形態で、これにより、審理や裁判を統一して当事者の便宜と訴訟経済を計り得ると同時に、裁判の抵触をある程度防止し得るのであり必要的共同訴訟でない限りいわゆる共同訴訟人独立の原則が行われ(民訴六一条)、各共同訴訟人は、独立の訴訟追行権を有していることは多言を要しないところである。然しながら、かかる訴訟を予備的に併合することは次の如き理由により共同訴訟の構造にしたしまないものと断定せざるを得ない。即ち、

(一)  現行法上、いわゆる訴の変更においては、当事者の変更は許されないものと解するのが正当であるところ、請求の主観的予備的併合においては、一方の共同訴訟人の、または、これに対する請求を、他方の共同訴訟人の、または、これに対する請求の訴訟状態にかからしめるものであるが、かかることは、暗に、当事者の変更を適法視する基盤に立つて始めて可能であるものというべく、その不当であることは論をまたない。

(二)次に、請求の予備的併合の審理においては、第一次請求の認容判決がなされた場合、予備的請求に対して付された解除条件は成就し、その結果、予備的請求についてなされた弁論、すなわち、予備的請求について発生していた訴訟係属は、法律上当然に、その当初に溯つて消滅することとなるのであるが、これを、主観的予備的請求について観ずれば、予備的請求をなし、または、なされた共同訴訟人は、自己の同意なくしてその訴訟係属を遡及的に消滅せしめられるような不安定な訴訟を提起し、または、これに応訴しなければならないこととなり、かくの如きは、窺極において、法の意図する訴訟手続の安定を阻害することともなるのであつてこの点からするも、請求を主観的かつ予備的に併合するが如きはとうてい、許されないものと断ぜざるを得ない。

(三)  特に、請求の予備的併合においては第一次請求につき判決すれば、該判決は、全訴訟について当該審級を離脱せしめる全部判決であるから、該判決が控訴された場合には全請求について移審の効力を生じ、控訴審においては、原判決を不当とすれば予備的請求について審理をすることを妨げられないわけであり、これは、予備的併合なるものの本来の性質から導き出される当然の帰結である。しかるに、請求の主観的予備的併合においては、右説示のような結果を容認することは、とりもなをさず、前記共同訴訟人独立の原則に抵触することにほかならないわけであり、さりとてこの原則を固執する限り、予備的併合により意図された統一的裁判の保障は、全く無意味とならざるを得ないのである。

(四)  もとより、請求の主観的予備的併合における原告の利益は否定すべくもないところではあるが、右併合により、前記(二)記載の如き被告の蒙ることあるべき不利益は、原告の利益に比し、はるかにまさつているものというべく、これを、単に、原告の便宜ないしは訴訟経済の原則を以て律することは出来ないものといわねばならない。上来説示のとおり、請求の主観的予備的併合は許されないところと解するのが相当であり、従つて、原告の被告足立に対する本件予備的請求は、不適法として却下を免れないものである。

第三結論

よつて、原告の、被告会社に対する請求を棄却し、被告足立に対する請求を却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村義雄 可知鴻平 川崎義徳)

第一目録

岐阜市加納徳川町一番

一宅地 九十一坪五合二勺

同町二番

一宅地 百二十四坪二合

同町三番

一宅地 七十三坪一合三勺

岐阜市加納東広江町二十九番の三

一宅地 五十七坪四合

同町三十一番の二

一宅地 十一坪三合五勺

同町八番

一宅地 二十九坪五合二勺

同町二十九番の一

一宅地 七十坪

第二目録〈省略〉

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